自分があつかう言葉や文章
の「イタさ」に気づくこと。
「兄弟や妹は彼のことをほとんどいないものとして扱ったが、
それも気にはならなかった。彼の方も、兄弟や妹のことを
格別好きにはなれなかったからだ。彼らは見かけは美しく、
学業成績も優秀で、おまけにスポーツ万能、友達も数多かった。
しかし牛河の目から見れば、その人間性は救い難く浅薄だった。
考え方は平板で、視野が狭く想像力を欠き、世間の目ばかり
気にしていた。何よりも、豊かな知恵を育むのに必要とされる
健全な疑念というものを持ち合わせていなかった。」
『1Q84 BOOK3』
中島:ブログを書いて反応を見たりしてて思うんですが,正解を性急に知りたがる人って多いような気がします。GoogleならGoogleをどう見るのが正解か,Appleをどう見るのが正解か,正解以外は読みたくない。
井口:それはよくわかります。アレント読めって言いたいですよね(笑)。
中島:政治哲学者のハンナ・アレント(注6)ですね。私はアレントの『人間の条件』(注7)はブログ論だと思ってます。難しい本なんだけど,そう読むと妙にスッキリ読めちゃいます。
井口:あーなるほどね。
中島:すべての人は対等で,相互作用の中でその人が誰であるかを明らかにするという,アレント独特の「活動(アクション)」という用語がありますが,あれなんか,リンクとトラックバックのことを言ってると思うと,難しい文章がスラスラ頭に入ってくる。
井口:アレントの師匠のハイデッカー(注8)は,人間関係ってリラティブ(相互的)で,お互いの相互利用のネットワークの相関図でしか社会は提示し得ない,ということを言っていて,これはまさにマッシュアップですよ。お互いがリラティブに協調して動くっていう,社会論っていうか人間存在の基盤としてマッシュアップ。
中島:哲学者って難しいことを考えてたんじゃなくて,シンプルなことを考えていたけど,それを語る言葉がなかったから難しい本になっちゃったんじゃないか。
— 圏外からのWeb未来観測:第1回 頓智・CEO 井口尊仁|gihyo.jp … 技術評論社
「すべての悪いことは
無理することから生まれる」
吉本ばなな『ハゴロモ』
「好奇心というのはたぶん、
独創的な問いを発見する情熱
だと思います。」
『なぜデザインなのか』(原研哉・阿部雅世)
力の入れかたを
教えようとする人は多い
けれど
力の抜きかたを教える人は
少ない。
力の抜き「かた」は
みて本人がきづく(まなぶ)
しかない。
「あ、じぶん、いま力んでた」
「あ、呼吸が浅くなってる」と
抜けている人をみてきづく。
遊びの深さを知り、
心底愉しんでいる人
ほど他人に言わない。
過去に誰かが
考えたことを
なぞれる潔さ。
* 面白いからといってやみくもに読むのはやめなさい。ウェブでは、あなたが読むよりも速く情報が増殖していく
* 人の目を介して編集された 質の高い文章を読むようにしなさい
* 人生は短い。多くの意見を聞くのではなく、少数の、物事を深く考えよく洗練された人と議論すること
(1996年にチューリング賞を受賞した、Amir Pnueliの言葉だそうです)
当事者ではない者が言うことの
ほとんど、すべて。
ことばの先にいるのは当事者
ではなく、オーディエンス。